2012年4月13日(金)

               丘の上から                23-12臨時
「第三者評価途中報告関連」

 まず、ご協力いただきました方々にお礼申し上げます。
全体的な感想としては、良いことも悪いことも、まあこんなもんかな、ということでした。
 どんな保育園、園舎、職員、運営面でも 完璧!! になることは不可能だと思います。  百人百様です、全員の要望を満足させることは不可能と、私は最初から想定しません。
毎年の横浜市監査の時にも「モデルとして完璧な保育園を作ってください。困ったときにそこを見れば解決するという施設です。」回答は「そんなの無理ですよ。」でした。 
さらに、最近の保育園はそれぞれに味を出しております。選択権は保護者側にありますので、かわいい我が子に合った施設を選んでください。

まずは 職員からの意見。苦情というかマイナス的意見として・・・
D テレビを見ている時間が多い G 乳児室に上履きで入るのは衛生的ではない M 障害児への対応を統一する 自然を増やす O 清掃が行き届かないので改善する余地がある。
 確かに!! そうかもしれませんね。しかしながらこういう意見は「天に向かって唾する」様なもので、「そう感じるんだったら自分たちで工夫しろよ!!」毎月している職員会議は何なんだ?? となりますね。
 まあ こんな程度の職員がいる保育園ですから総体的にあまり期待しないでください。 意見を出した職員の今後の対応は如何? と楽しみにしてます。
偶然先月書きました「一割現象」そのものです。
でも、八割・九割の職員はチャンとしていると言うことです。私は日々の勤務態度に感謝し、大部分を任せています。念のため。

次に保護者からの要望
 「問9」施設への要望などあれば、自由にご記入ください。 欄についてです。

一度に全てについてお返事できません。 残りは次回に。

 46 毎月の「園長からの言葉」はすごく良いので・・・・という有り難いご意見も頂戴いたしました。これも感謝、大感謝です。個人的に表彰してあげたいくらいです。

65  アイサツをしない先生があいさつをしてきたり・・・「このアンケートのおかげ?」とありました。
 そうかもしれませんね。良い薬になります。読んで笑ってしまいました。(失礼) この状態が続くことを願います。
(なんか人ごとのような言い方かもしれませんが、何から何まで強制・命令は出来ません。折に触れて言ってはおりますが、それぞれ個人の資質、能力に頼らざるを得ません。)

A B M L  30  職員が子どもに接していない、よく見ていないのでは?
 ご心配はありません。しっかりと見ています。見なくても良いところまで感じてます。家庭内のことまで分かってしまうことも多々あります。
「何もないとき」にも書いてくれ、といわれますが、日々の仕事の量から物理的に無理の部分があります。
役所に提出する書類の多さ・・・横浜市の担当者にぜひ言ってください。
お役人は、基本的に、自分で責任をとらなくても良いように発想しますので、相手に指示することが多くなります。「ああいう書類を用意しておけ」「こういう書類を準備しておけ」と。何かあると「私は指示してました。」との対応です。
学校の先生で、それが大変(モンスターペアレント含む)で病気になったという話も聞きます。

 19  21 28 48 テレビを見ている時間が長い・・・
 同じ内容が複数ありました。確認されたのは何時頃、そのときはどのような時間帯だっのでしょうか。お迎えを待っているとき、日没後、寒い時期などは、どうしても室内と言うことになります。日中は外遊びをしています。散歩にも行ってます。小学校の先生から「金剛さんからの子は元気が良すぎて・・」と褒めか苦情か分かりませんが何回か言われました。「してやったり!」です。
たまには職員の息抜きもあるのかもしれません。そうだったら反省です。
(お母さんは一日中大汗を流して働いているんだから、それを思って・と。)
 全部がそうだとは申しませんが、対役所の書類作成等々の時間も結構かかっている事と、テレビ=悪いもの、必要ないもの、とは思いません。現代、テレビのない環境は考えられません。
ある方は「家でテレビをつける事も多いので」保育園では見せないで・・という方もおりましたが・・・理解不能です。
テレビに関しては再度検討してみる必要はありそうです。後日報告いたします。

 次に「ひいき」などはありません。
お尋ねしますが、あなたは100人(大勢という意味)全員に同じような愛情を同等にかけられますか? 
嫌わないまでも、その愛情のかけ方など相手(園児)によって表現方法は自ずと違ってくるのではないでしょうか。
また、どうせそういう風に感じられるのであれば誰にでも共通の方法だけで、余計な分はしない方が良い、というような事にもなりませんか?
あるときは愛情と感じて貰ったり、パワハラ、セクハラと感じられたり、ついにはストーカーとまで感じられてしまう難しい世の中です。大変難しいものです。
 子どもの感じと母親の感じ方と必ずしも同じではないでしょうし。
その辺のことは「一日体験保育士」をしていただくとチョットは分かっていただけるのではないかと。是非お申し出ください。
「懇切丁寧」「個人情報」「ひいき」「事務的」「園児の個性」「保護者と会話の頻度(職員の勤務時間とお迎えの時間等々)」「労働者としての職員」、これらを題材に「お話」を作ってください。
何をどうすれば全て解決するのか、全員満足するのか、それはあなたが保育士だったら出来ることなのか。出来る方法があったら真似させていただきますので教えてください。
保育園では、「子どものため」が大前提です。そのための一年です。

話の内容は逸れますが、電車の中、公道等で若者に注意しようものなら逆ギレされてナイフで刺される。殺される。そんな事件も起きる時代です。
 余計なことはしない方が自分の身の為、どうせ他人事だから、そういった社会全体の雰囲気も、職員、保護者双方に何らかの影響を与えているのではないでしょうか。
 聞いた話です。
あるとき、財務省の若い官僚二人が道を歩いていました。
道ばたで未成年と思われる若者たちが車座(便所座り)になってたばこを吸いながらおしゃべりをしていました。
一人の官僚は「ああいうのは困るね。」と言いましたら、別の官僚が「いや、あれはあれで良いんですよ。別に彼らが世の中を動かす訳ではありませんから」と言ったとか。 そういう社会なんですね。

18 お部屋に網戸がない、どのように換気喚起しているのでしょうか?
 現在の園舎が出来たときには全室に網戸をつけました。
網戸だけにしてガラス戸を開けていると、枠とか桟が同じですので、ガラス戸が付いていると勘違いし、寄っかかりました。網戸は壊れました。開園した当日です。一度は直していただきましたが、再度同じ事が置きました。網戸の先端が危険で全部外しました。名残は事務所とか厨房にあります。
 高台で風通しの心配はありません。「遮熱 UVカット」のフィルムを全保育室園庭側に貼りました。そのためガラスの室内側にはセロテープなど使えなくなりました。

22 経営層の話は長いですが、・・・・
 それは気がつきませんでした。 自分では言いたいことを半分にしていたつもりです。もっと言って理解していただきたいくらいと考えてました。(この文は長い!)
いつそのように感じられたのか(いつも?)、具体的に教えてください。

23 37 47 鉄棒等の遊具がなくなってしまい・・・
鉄棒、登り棒、ジャングルジムはあります。 一段下がった庭にあります。
手を伸ばせばそこにある・・状態ではありませんが、チョット移動してください。
じっくりと見てください。何でも手を伸ばせばそこにある、のが理想でしょうが、上の園庭では走り回れるように何も置きません。 
以前ブランコは市内の公園で事故が続きあちこちで撤去されたことも事実です。
なければ「付けろ」あれば「危険だ はずせ」「事故対策は?」です。
公園で、自分の子に何の注意もしないのでブランコの柵の中に行き、ぶつかってしまう。そんなことでは対策のしようがないでしょう。外されるはずです。

24 平日を休みにされると困る。 25 日曜・祝日の開園を考えてほしい。
29  平日の行事について。       53  行事は土日
 時々聞かれる意見です。「平日の休み」とは、他の処にありました、体験学習の2日間、遠足の日、入・卒園式の対象外の園児が休みになるということでしょう。
平日のことですので対象外の園児の保護者の方には仕事をお休みしていただくことになろうかと思います。心苦しいことですが、一つには「順番こ」ですし、有休を使っていただくなりしてやりくりしていただきご協力をお願いする以外ありません。 お願いします。
68  の方のように「信じられない」ほどであれば他の施設をお考えいただくしか解決はありません。
他の方の意見 5 にもありましたように「富士登山はすばらしく続けてほしい」とい方も、これは経験上多数おります。私としても辞める気持ちは全然ありません。
具体的な、詳細の事は行が足りませんので書きませんが、効果も大きいです。

 平日の行事・・・・
行事を土曜日、日曜日に行いますと、平日に職員を休ませる様になります。小学校などもそうですが、小学生をお持ちの方はどう対処しているのでしょうか。
職員の勤務時間数にもチェックが入ります。
 このことについても、保育園側の一方的な意見ですが、以前 この欄で言いました。
銀行の開店時間、商店の営業時間、休日、そして保育園の「開園時間」・・・
大震災、原発事故から東電の「計画停電」という現象が起き、土日に動く工場が出ました。横浜市から土日にも開園していただけないかとの問い合わせがありましたが、金剛保育園だけでなく、磯子区内全園が手を挙げません。
ようやく役所が頼み込んで杉田にある園がやることとなりました。現状はそういうことです。
夜間、休日保育、365日開園を謳っている施設もあります。(病後児保育も)どうしても必要ならばそちらを利用されることをおすすめします。
「やりたくないからしない」というよりも「物心両面・手続き等々全て大変」なのです。
 牛丼屋にはラーメンはありません。牛丼屋に行ってラーメンを注文する人もいません。逆もそうです。牛丼屋は牛丼の味で、ラーメン屋はラーメンで勝負してます。
美味しい牛丼、ラーメンを食べたかったらお店を探すことです。両方食べたかったらデパートの食堂のようなところに行くことです。何でもあります。サービスも良いです。満足されることでしょう。それはあなたの選択です。

31  オール電化の施設で停電になったら・・・・
 保育園の建て替えの時に「オール電化」としました。その途中経過は割愛しますが、確かに停電になったら何も動きません。
照明・空調は勿論、水道も出ません。厨房も使えません。この夏もそのことで大騒ぎをしましたが、幸い保育園の地区は停電を免れました。
 太陽光発電、太陽熱温水器も検討しました。結論として「元が取れない」です。
それは、国、東電の運営方法で決めたことでどうすることも出来ません。
幸いにも未経験です。 もしそうなったら・・・・何も出来ません。寒い真冬だったら最悪です。
保育園以上にも各会社が、銀行が、役所が困ります。横浜中何も動きません。
社会が動かなくなります。「そのときはそのとき」と腹をくくる以外ありません。

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セキュリティーに関して ですが、
最近話題の事で皆さん関心を持たれたのかと思います。これも園舎建て替え時に当然のこととして話題になりました。業者もありました。いろいろ聞きもしました。実際に使用している保育園にも行ってみました。運行状況も見せていただきました。
当時(平成20年)の精度からの結果として「必要なし」「間に合わない」と判断いたしました。 気分の問題かなと感じます。保護者側の対応、金銭的負担も出てきます。地下配管は設置してます。いい設備が開発されましたら考えます。機械任せには際限がありません。 動物的感でご注意ください。

56  長時間保育でのおやつをなくして・・・
 これは横浜市からの指示です。さらに延長保育をする子には軽食を用意します。
しなければいけないのです。 園の判断ではありません。横浜市に言ってください。

E おゆうぎ会での保護者の行儀が悪い・・・
 園長から注意しろ。・・・注意されるまでもなく自分で考えてください。
 園児の態度も悪い・・・・保育園でのお誕生会、警察、消防から来ていただくときも園児はきちんと聞いてます。係の方に褒められるほどです。
子どもと一緒の時はしっかりと世話してください。
せっかくの注文も効果なくなりますよ。

他にも多々いただきましたが、チョット言えば解決することも少なからずあるようです。
70  入園説明会の折おむつ換えの場所がなかった・・・・
 職員にその旨伝えましたか? 伝えても対応が悪かったのであれば申し訳ないことですが、ここは保育園です。当然 おむつをしている園児もおります。
そういう場所もあって当たり前なのです。 申し出てください。

全てに対して回答できませんでしたが、園児の年齢、性別、家庭環境などにより意見の内容が違ってきます。発言者が分かれば返事の仕方、対処方法もより具体的になるのですが。残りは折に触れてお返事いたします。
種々ご意見をいただきましたことにはまず感謝いたします。正面から対処しますが、最初にも申しました様に、全てに完璧に対応は不可能です。方針として出来ないこともあります。
保護者からの意見についても全て納得出来るというものでもありません。
「そんなことは親の責任で・・・」「もう一手間かけて」と言わざるを得ない事もありました。時代と共に変わっていくこともありましょう。
大きな要素として、国、横浜市としての対策、施策もあります。
「認定こども園」「株式会社でも運営認可」「近くの公園も園庭とみなす」「ガード下の保育園」等々どんどん変化していきます。選択肢も増えていくことでしょう。かわいい我が子に合った施設も見つかりましょう。
(そのときは園児の年齢じゃない!? あっそうか!!)
あなたは社会に、保育園に対し、何をどのように、どこまで望むのか、期待するのか、アテにするのか、自分自身では子供に対してはどうなのか、何をどれほど努力、勤めているのか・・・・を再度思ってください。
 子ども(園児)はあなたの子どもです。その子に将来どうなってほしいのか、職業、人格・・・それに対する親としての行動は如何?
他に任せる、預けるだけではダメですよ。口を開けているだけでは食物は入ってきません。再度文句を言われそうですが、勇気を持って申し上げました。

2012年4月4日(水)

営業時間」
コンビニは24時間営業、スーパーマーケットも遅くまで営業しております。例外はありますが、銀行などの金融機関は午前9時から午後3時まで、お役所は午前8時45分から午後5時15分、そして金剛保育園は午前7時より午後8時、それぞれが営業時間を決めております。
 

コンビニなど365日・24時間営業しておりますので各人が自分の都合で利用できます。便利な時代になったものです。
 

それ以外にも、一日24時間を三交代とか、タクシー運転手さんのように24時間単位で働いている場合もあります。
働いている時間、お休みの時間、休日(曜日・時間)もばらばらです。
24時間・365日どこかで、誰かが働いている状態です。
 

そんな社会の状況の中で、金剛保育園の開所時間は午前7時より午後8時です。(土曜日は午後3時まで)、日曜日・祝日等はお休みです。
日曜、祝日や夜間に働いている方々には対応できない状態ですが、金剛保育園は金剛保育園としての営業時間でやっておりますので、時間が合わない方々にはそれぞれの工夫で対応していただくことになります。
 

365日・24時間・園児が病気の時も預かって欲しい等の声(こども青少年局のHP参照)もありますが、実現させるには大変な準備が必要になります。
要望も多いのでしょうか、役所から、休日・深夜・病気の時も保育出来ないかとの調査もありましたが「できない」との回答が多かったようです。私も「できない」と答えました。
 

諸般の事情で現時点では実施不可能です。やがてそんな時もくるのでしょうか。
物理的な時間、場所の問題だけではなく、心理的なこと、親子、情操、家族の絆、等々の面も重要視しなければいけないようにも感じます。
〇歳児は一年間だけ、一歳児も二歳児も一年間だけです。
勤務の状態、給与の事、等々厳しい現況は理解できますが、30年後の事も考えていただき、今この子に何がどれほど必要なのか・・も考えていただきたいです。
 

初売りの日にデパートの前に並んでいる光景がテレビニュースに流れます。
午前10時の開店をじっと待っています。
「私は10時30分には帰らないといけないので9時に開店して・・」などという方はおりません。皆さんが「そんなモンだ」と感じているわけです。


金剛保育園の営業時間も「そんなモンだ」と感じて下さい。
コンビニの方も銀行の方も役所の方も全ての人が働いています。金剛保育園の職員も貴方と同じ「働いている人」です。63才から20才まで、既婚者も独身もいます

2012年4月4日(水)

「はたらく」
 

はたらく、働く、労働すること、仕事することです。


「はたらく」とは、「はた」を「らく」にすること。


「はた」とは「まわり」、まわりの方々を楽にすること。


漢字で書くと「働く」、すなわち人(にんべん)が動くこと、「動く」とは「重い力」と書きます。人の力で重たいものを動かすことでしょうか。
 

「人が重たいものを動かすことによってまわりの方が楽になる」。そう言うことになるのでしょうか。こじつけかも知れません。
ここには、給料のために・・・自分がおいしいもの食べるために・・・と言う個人的な満足感はありません。他人のため、社会のため、と言う感じがします。
 

スーパー行けばなんでもあります。肉、魚、野菜・・・
スーパーで揃えていただいているから自分で山や海に行かなくても手に入れることが出来ます。
スーパーの方が動くことによって私たち周りが楽が出来るのです。
電車が時間通り動いていただいているから苦労なく会社に行けます。
正に「人が動くことによってはたを楽に」しています。
更に、自分のためではなく、お客さんに喜んでいただくことを喜びとします。人間は感謝されることがなければ働く喜びもなく、仕事も長続きしないことでしょう。
そしてチョットだけお給料という「果」を得ます。
如何ですか?

あなたが動くことによって周りの方は楽をしていますか?


ある方は大勢の方々を楽にしているかも知れませんし、ご自身の周りの少数だけの方が楽をしているだけかも知れません。
自分で「周りを楽にしている」と自覚が出来れば人数は関係ありません。
たつた一人だけでも十分です。その方も誰かを楽にしていることでしょう。


自分のためだけではなく、周りのために・・・その気持ちが大事です。

2012年4月4日(水)

さて、新年度が始まりました。

新しい園児も加わり、新しい園舎で新しい保育が始まります。


この紙面は直接日々の保育には関係ないかも知れません。子供用と言うより保護者用、それも褒められることより嫌みを言われるような感じで心地よくないコーナーになりましよう。心してお付き合いください。
 

早速の小言です。
 

保育園に入園するためには、申請書を準備し、区役所で面接を受けていただきましたので「必要要件」はご存じでしょう、そしてそれらをクリアーされて、区役所より「金剛保育園に通園することを許します。」との許可をいただき通えるようになったものです。制度は徐々に改善されてはいるのですが現実はお役所からの許可が必須となります。
目出度く通園できるようになりましたので、お仕事等しっかりと頑張ってください。
 

今後は保育園とのお付き合いとなります。そうなりますと、お役所での基準、仕事の内容ですとか、家庭の事情ですとかは、無関係ではありませんが、それほど重要なことではありません。
何が一番大事なことかと言えば、保護者(特にお父さん・お母さん)の園児でもあるかわいい我が子に対してどの様に、どの様な愛情を注ぐのかと言ったことです。こどもにとって親は最初で最後、最大の拠り所です。
保育園はチョットだけお手伝いできる。そんな程度です。
全員の方に満足いただける・・・理想ですが現実は不可能です。
何かとご不満もあり、ご不便も感じられることかと思いますが、理想に向かって頑張る気持ちはあります。 どうぞよろしくお願いします

2011年10月7日(金)

「全席優先席」
 
JR、京急等々通勤などに使用される電車には「優先席」がも設けられています。老人、けが人、病人そして妊婦、小さい子どもを連れた方などに優先的に座っていただきましょうという席です。
 
さてさて、その優先席、専用席ではないのであくまで優先です。該当者がいない場合は誰でも利用していいわけです。

それらしい方が来たときに譲ってあげればいいことです。理屈上は。
 
それが譲り合いの気持ちとか所謂「世間が丸く収まる」事ではないかと感じます。現実は中々優先されないようです。
 
いろいろと話題にもなりますが、遂に、車内放送でもしきりに言ってますが、横浜市営地下鉄は全席優先席となりました。(大分以前から? 料金が高いからあまり使いません。)
 
更に更に、これからは監視員が車内を巡回し違反者(?)に声をかけて優先されるべき方に座っていただこうとするようです。

トラブルになってはいけないというので警備の方も同行するとか・・・

新聞記事で知って驚きましたし、ここまで来たかという感じ、そこまでしなくてもという感じ・・呆れて開いた口がふさがらない・・そんな感じがしました。
 
どういう発想でそんなことになったのか、誰が言い出したのか、横浜市のお役人の方でしょうが正直情けなくなります。何かにつけてこのような方向に進んでいるように感じます。

人の人としての情、心を否定し、性悪説に基づいての規制にはがっかりです。
 
車内で、進んで席を譲る、それが当たり前のこと、譲る方も譲られる方も軽く会釈する程度で済む、そんな状況がいいと思いますし、それには日常茶飯事、諸々のことからしつけられなければならないことです。

「監視員に言われるまでは座ってていい」「座りたかったら監視員に頼んだら・・」やがてそうなるのではないかなと老婆心ながら感じます。

2011年10月3日(月)

「方便を持って究境となす」
 
難しい言葉ですが、「方法、途中、過程が目的そのものである。」と言う意味です。
仏教の言葉で、(私以外の真面目なお坊様は)悟りを開こうと一生懸命修行しますが、例え目的とする悟りが開けなくても、悟りを開こうとする姿勢、その過程、毎日の努力、それがそのままで目的を達したと同じような効果がありますよ。と、まあこんな感じの言葉です。
 
我が金剛保育園に限らず、どこも運動会で、運動会当日に向け沢山の練習があります。
 
簡単なことを企画して練習もあんまり必要なく、当日楽しめればそれで良いじゃないか。との意見もあるでしょう。最近ではあまり見られなくなった会社単位の運動会などは正にぶっつけ本番の運動会、と言うより親睦会で、賞品に酒や商品券が出されます。
競技中から酒盛りで盛り上がります。盛り上がりすぎて救急車を呼ぶ羽目になったと言うことも聞いたことがあります。こんな形式もそれはそれで楽しいのでしょうが、学校とか保育園の運動会はそうはいきません。
 
運動会という形を借りて、運動会という形を利用して、様々な事を覚えて貰わないといけないのです。整列の仕方、行進、競技そのもの、応援の態度等々沢山あります。
それらのことは運動会だけのことではなく、大げさに考えれば一生全てのところで役に立つことなのです。体の動かし方だけでなく、心の持ち様を教えなければなりませんし、教える側の職員にもその心構えがなければならないのです。
ですから、何事をするにもダラダラ、デレデレしていてはいけないのです。
「やるときはやる。」「休むときは休む」このメリハリが大事かと思います。
100やっても身に付くのは2か3です。と言うことは、2か3の事を覚えて貰うには100の事をしなければならないと言うことです。
 
おまけに、さくら・ゆりさんにはドリル行進もやって貰わなくてはいけません。
実に大変な事です。園児も大変。職員も大変。親も大変。みんな大変です。

「だったらやめればいいじゃん?」いやいやそういうわけには行きません。
なぜ? 「大変」から「喜び」の花が咲くんです。きれいな花が。園児の一人一人の心の中に。(柄に合わん事言ってます。寒い?)
楽器演奏に関して何も知らない子供たちに、運動会で披露できるようになるまでに教え込む。技術的なこと。そして演奏する楽しみ、誉められる喜びをも教えるのです。
その過程がそのまま大きな目的です。練習そのものが運動会なのです。園児が喜んで練習していればもうそれで98%成功です。後は当日の天候次第です。

2011年9月5日(月)

「私の勲章」

本物の勲章など頂いたことは勿論ありませんし、そもそも勲章などというものではございませんが、

幼い頃の大きな傷跡を敢えて勲章と称します。

1つ目は、下唇と顎の間に、現在ではほとんど目立たなくなりましたが、傷跡が有ります。

これは、小学校1年の夏の傷で、川で(我が田舎には昭和30年当時プールなどというものは有りませんで、全て自然の川で遊んでいました。)餓鬼共が大勢で遊んでおりました。

すぐ側に橋があり、その橋桁から飛び込んだり(2bほど)、潜ったりしていました。

橋といっても、いわゆる流れ橋で、30センチ程度の幅で10bくらいの板が2枚並んでいて、それが何枚か繋がれて向こう岸に渡れるようになっていて、大水が出たときには、人が歩く部分が流されるような構造になっておりました。


 怪我をしたときは、その橋板が流された後橋桁に乗せられる前のことでした。


一枚の板に何人かが乗り、ボートのようにして遊んでいましたが、乗客が多すぎ、ボートが沈んでいきました。

やがて体が浮こうとすると板と離れます。

急に重りの取れた大きな板が浮き上がってきました。

ある者の背中に当たり、ある者の胸にあたり、不規則な動きをしながら水面まで浮き上がろうとします。

その時に私の顎に当たりました。痛いの何のって大変でした。下唇の下が切れ、見る見る腫れ上がります。歯が痛まなかったのが不幸中の幸いでした。

外の子も怪我はしましたがそれほどでもなく、直った後も懲りもせず同じ事をしておりました。
 

叱られた記憶もありませんから、「そんなもんだろう」程度の認識だったのか。
 

二つ目は、それ以前のこと、やはり夏のことです。


父親と山の畑に行きました。

父親はなんか仕事をしていたのでしょう。私は側にあった草刈り鎌で雑草を刈る「遊び」をしていたのです、太い草を切ろうとしたときに、右手に鎌を持っていますから右足を前に、左足を引いた形
にならなければならないものを、草のすぐ後ろに左足を置いて力一杯引いたものですから、草を切った刃がそのまま左足のすねにザクッと食い込みました。「あっ」・・・・・・・しばしの間があって、大量の出血、心臓の鼓動と共にドクンドクンと出てきました。


異常に気がついた父が慌てて、汗拭き用の手ぬぐいで縛り、おんぶされ家まで帰りました。先ずは家にある薬で止血を試みます。どこをどうしたのか覚えておりませんが、血は止まったのでしょう。

父は医者に連れていこうとしましたが、医者に行くことが怖くて頑として受け入れず、家庭薬・民間療法(まむしの皮、なんとか草を巻く)等々でとにかく直してしまいました。今じゃ絶対考えられないことです。その為に左足の膝の中間にしっかりと大きな痕跡があります。



 現代のおぼっちゃま・お嬢様には経験できない重大な経験です。

2011年9月3日(土)

一日作さざれば、
         一日食わず
 


禅僧の百丈老師の言葉。



百丈は老齢になっても、自ら率先して労働に携わっていたので、弟子たちが心配し、道具がなければ仕事をやめるだろうとその鎌を隠してしまいました。
 


その日、老師は仕事を休みましたが、そのかわり食事をとりませんでした。弟子たちの「なぜ食事をとらないか」との質問に冒頭の言葉で返事をしたのでした。
 


しかし、この言葉は「働かざる者、食うべからず」(レーニン)とは違います。



百丈の言葉は自分に言い聞かせるものであり、レーニンの方は人を責めるもので、これでは病人や老人など働けなくなった者は立つ瀬がない。百丈は、人はどうであれ、自分にできることに最善をつくしたのである。
 



近年は老齢化社会に入って社会福祉なども充分とはいかないまでも、国家の手でかなり行われるようになった。が、働ける身でありながらただ権利のみを主張して、ぶらぶらする者をみかけます。今後の課題として、働けるものはその能力に応じて働く社会にしなければなりません。

2011年9月2日(金)

徳は孤ならず



よき人というのは、ちょうど蜜蜂が花をそこなわずしてそこから蜜を吸収し、蜂蜜として人の滋養に供するように、人のよきところをとってそれを固めて人々に還元する役目を果たすものです。
 


昔、ある村に力兵衛、富蔵、仁吉という三人兄弟が住んでおりました。長男の力兵衛は腕力が強く、何事につけ弟たちを力ずくで押さえていました。 それをいつもくやしがっていた次男の富蔵は、金持ちになって長男の鼻をあかしてやろうと商売の道を志し、やがて成功して大きな店を構えて繁盛しました。 そのころ、力兵衛は頼りの腕力も年老いるとともに次第に衰え、食べるに困ってとうとう頭を下げて富蔵のところへ転がり込んできました。仁吉は、ひ弱い体でしたが、医者の道を志し、こつこつと自分の腕を磨いていました。ある年に次男の富蔵の店が火事になって営々と築き上げた一切が灰儘と化し、力兵衛とともども一文無しに焼けだされて仁吉のところへ泊まるようになった。
 


あるときひどい疫病がはやり、仁吉は日頃の腕を試すのはこのときとばかり患者の治療にあたり、命の恩人とあがめられました。

2011年9月2日(金)

できるところから
 これから取り組もうとする仕事に成算がないとき、とかく人は、最初からできないと諦めてしまって手をつけないことが多い。そんなときは、出来なくてもよいから、出来る振りをして自分には出来ると自分自身に言い聞かせることによって、いつかは出来ないと思われたことが出来るようになるといいます。
 

誰しも最初から自信や勇気がある人などいるはずもなく、「どうも自分には出来そうもない」と不安をいだいても、運を天に任せて「よし、やるぞ」と自分に賭け、大飛躍を試みるべきだ、というのです。


米国の実業家、ジョン・ワナメーカー氏は裸一貫の書店員から大デパートの経営者までになったか他ですが、氏は仕事に立ち往生したときには「困難なことは初めから手を出さない方がいい。そんなことをしていたのでは成功しない。ーーという人がいるが、それは間違いである。人間という者は困難にあえばあうほど、ますます新しい力が湧いてくるものだ。」といっています。


出来るか出来ないか分からぬときは、出来ると思って努力してみては如何でしょう。障害にぶつかって「ヤケクソ」になるのも、「ナニクソ」と居直るのも心がけ次第です。

2011年9月2日(金)

以前にも書いたような気もしますが、今回はセンスのお話です。

「あの人は洋服のセンスがいいねー」とかよく聞きますが、
 
「センス」 

我が日本国の言葉にいい改めれば「感覚」「感覚力」「良識」 「正常な感覚」 「感じ」と、辞書にはでておりました。
 
お盆の棚経で看板屋さんを経営されている家庭に伺ったとき、そのご主人に質問いたしました。「何軒かの看板屋さんを存じておりますが、繁盛しているお店とそうでもないお店がありますが、なにが違ってそうなるのでしょうか」
 
ご主人は間をおかずに「それはセンスの違いです。」と言われました。
 
カタカナ言葉に対する理解力が足りないのでしょうか、センスの違いといわれてもその時はピンときませんでした。「あー そうですか」で会話は終了してしまいました。
 
注文を受けたら、看板制作工程の大半はコンピューターで処理されるとか聞いておりましたから、そこに人間臭い部分が加味されようとはちょっと意外でした。
 
後々感じるに、そういう、コンピューターが大半の処理をしてしまう状態であればあるほど、最終の完成度の違いは人間の判断、「センス」になってくるのかなーと。
 
それからというもの「センス」と言う言葉がやけに気になりました。
洋服、化粧等々見える部分で使われている「センス」と言う言葉は知っておりましたが、全ての部分で、それに対する「センス」が重要な部分を占めるということが分かりました。
 
保育園の保育に対する基本的なセンス、保母の保育センス、一人間としての人生へのセンス、母親としてのセンス、それぞれの仕事に対するセンス、・・・・
 
先のご主人の話では、センスとは持って産まれたもの。だそうですから、どうしようも無いことかもしれませんが、向上させるためには「本物を見る」ことだそ
うです。いい本、いい映画、いい芝居、絵、さらにはセンスのいい人と付き合うことではないでしょうか。
我が保育園の保母諸君にはせいぜいセンスを磨いていい保母になっていただきたいものです。私も努力していい園長でありたいものです。

2011年9月1日(木)

「父の日に想う」
6月18は父の日です。「母親と同じように父親に感謝する日」です。
「世に母あるは幸いなり、父あるもまた幸いなり」と言われております。
「五億の人に五億の母あれど我が母に優る母なし」
どうしても母の方が出てきます。その昔、戦地で亡くなる直前に「おかあさーん」と言って死んでいった。と言う話も聞きます。

 さてさて、父の日、親父がんばれの日。
保育園の子どもたちの父親たちよ。ちゃんと父親やってるか? と檄を飛ばします。
父親参観日の前に書いていますから、今年はまだ何とも言えませんが、例年ですと、
お母さんも一緒に来られまして、子どもの父親に対し、「アーだ コーだ」と指示してます。父親は「ショーガネナー」って顔で何とかお付き合いいただいている。というのが恒例です。照れ屋さんのオヤジが多いのでしょうか。
 今年も親子でのお楽しみ食事会があります。

「親子どんぶり」父子で美味しく食べて下さい。

そしてその晩の話題にしてください。それをきっかけに保育園での色々な話を聞いてください。かわいい我が子が毎日どのようにして過ごしているのかじっくりと聞いてください。

 感謝されるべき父の日ですが、父親としての自分の存在を再認識し、その責任を再確認し、家族を守っているんだということを誇りに感じてください。
 
母の力も強いのでしょうが、父親の力はそれ以上であることを知らしめてください。

さらに、今日現在は、死亡・離婚等で父親がいない子どもでも、最初から父親のいない子どもはおりません。かっては確かにいたのですからそのことをしっかり伝えてください。子どもの父親、即ち、貴女の元夫(必ずしもそうでもないか)のいいところをしっかりと伝えてください。「父親がいないから、それなりの配慮を」との気持ちでは、その時は何事もなく過ごせても、問題の先送りにしかすぎません。
今はこの子に父親という存在の者がいなくてもしっかりとやっていくんだという心構えを伝えてください。
 
そして次には、自分自身の父親のこともしっかりと想ってください。「親想う心にまさる親心」という名文句がございます。子どもとしてどんなに親のことを心配しても、その何倍も子どものこと、あなたのことを心配しているのが親です。
「子を持って始めて知る親の恩」 あなたを育てるためにどんなにか大変な思いをされてきたのか、今ようやく分かったことでしょう。 自分の親に再度感謝です。
「子ほどに親想え」という言葉もございます。自分の子どもは可愛くて目に入れても痛くないのでしょうが、それと同じように自分の親のことを思って下さいと言うことです。
自分の親、妻(夫)の親のことを案じる、そんな気持ちが家庭円満、親子円満、仕事順調、やがては立身出世につながるのではないでしょうか。

2011年8月31日(水)

「母あるは幸いなり」
世に母あるは幸いなり。父あるも又幸いなり。  と言う言葉があります。
百億の人に百億の母あれど、わが母に勝る母なし。ともいいます。
理屈抜きで母とは素晴らしい存在です。
 誰にでも母はいます。どの母も理屈抜きで子供を愛します。
それはお釈迦様の時代より同じように続いています。
 あなたにもお母さんはいますね。あなたのお母さんも無限大の愛情を注いでくれました。だから今のあなたがここにいるのです。
 毎日の生活の中では改めて意識することが無くても、あなたもお母さんを愛していることでしょう。
 もうすぐ母の日です。その日だけでもいっぱい母を意識してみましょう。
母の人生を再確認してみるのもいいかもしれません。
どこで生まれて、何処で学び、夫、あなたの父親、とどの様にして結婚するに至ったのか、何を楽しみにて、苦手にして、生活してきたのか、満足できてる人生なのか、何か心配事があるのか・・・・
じっくりと気を配り、話してみるのもいいことでしょう。
すでに亡くなっている方には、今の自分で母は安心してくれるのだろうか。
褒めてくれるのだろうか。・・・・墓参りしながら思いめぐらせてみるのもいいかもしれません。
 何かに悩んだとき、母だったらこういう時どうしたのだろうか。どの様にして乗り越えたのだろうか。と考えてみるのも解決方法の一つかもしれません。
 そして、あなたの子どもにも母はいます。そうあなたです。
この子の母として良き母であるのかどうか、検証して見る時でもあります。
自分が母から注がれた愛情、それ以上にこの子に注いでいるだろうか。
物は豊富になって愛情が薄くなっていたのではいけません。
あなたが年老いた母を看るように、やがてはこの子に・・・・

2011年7月27日(水)

んなことをうるさく言う年寄りは居なくなりました。昔は「箸の上げ下ろし」には特に注意されました。
 先日 箸の使い方が書いてある本を読みました。その中の一部分をご紹介しましょう。
先ず、箸袋がある場合に、袋をどうすればいいのか。ゴミ箱行きか、きれいに織って箸置きにするかでしょうが、エチケットとしては、ポケットか、着物の場合は衿にしまうのだそうです。旅行に行ったときなど記念に持ち帰る方もいます。
 箸の置き方としては、持つ方を食べる人の右になるように置くのが正当、大半の方は右利きだから。茶碗の上に置くなどは絶対にしてはいけません。
  箸の使い方でしてはいけないことは沢山あります。日本は、食事することそのものが文化ですから、様々なことが決められております。以下、してはいけない作法。
天箸   箸の頭部の方に偏って持つこと。
先箸   箸の先の方を持つこと。
握り箸  箸をつかんで持つ。子供によく見られる持ち方。
揃え箸  舌や唇、膳や食器の中で箸先を揃える。
移り箸  いったん取りかけた食べ物をやめて他のものを取る。
探り箸  汁物や鍋物などをかき混ぜ中身を探ること。ちょっと前までビールのコマーシ       ャルで、美人がやってました。
せせり箸 料理をあちこちほじくり返すこと。箸を楊子代わりに使うこと。
こじ箸  食器に盛られた料理を上の方から食べずに底の方からこじ起こすこと。
寄せ箸  箸で器を引き寄せること
刺し箸  料理を箸で刺して取ること
かき箸  器のふちに口をあてがい、料理を箸でかき込むこと。
横箸   箸を揃えてスプーンのようにすくって食べること。
二人箸  二人同時に一つの料理を取ること
流し箸  器の上に箸を流して置くこと。
箸渡し  箸で取ったものを直接別の人の箸に受け渡すこと。
込み箸  口にほおばったものを無理に箸で押し込むこと。
もぎ箸  口に入れたものを箸でもぎ取ること。
ねぶり箸 箸先を嘗めること。      かみ箸 箸の先をかむこと
涙箸   箸の先から汁をたらすこと。
振り箸  箸の先についた汁などを振って落とすこと。
指し箸  食事中に箸で人を指すこと。
受け箸  箸を持ったままおかわりをした食器を受け取ること。
叩き箸  箸で食器や食卓を叩くこと。
直箸   大皿料理などを取り箸を使わないで直接自分の箸で取ること。
立て箸  ご飯や料理に箸を突き刺して立てること。
くわえ箸 箸を口にくわえたままで、手で食器を持つこと。

2011年7月26日(火)

いささかお説教じみますが、お釈迦様の悟り、真実の言葉、いつの世でも通じる事と思いますがこのようなお話があります。
 まず、現在の状況を正しく認識する。次に、その原因、なぜこのようになっているのかの原因を探る。そして、理想の状態を想定する。
最後に、その理想状態になるにはどの様なことをどの様にすればいいのかを探る。
難しい表現で言い表されているのですが大体こんな感じのお話です。
 たとえば病気、風邪を引いたとしましょう・・・
現在  熱がある、だるい という症状。  その原因は・・最近の不摂生かな?と思う。  理想の状態は、元気溌剌・・・
ではそのためには今どうすればいいのか・・・薬を飲んで安静にする。
このようなことになりましょう。
 これをかわいい我が子のことに当てはめましょう。
現在の心配の点を正しく(ここが肝心です。)捉える。お医者さんや保健所の方、また、祖父母や周りの方々の感想などを聞き、大丈夫なのかチョット心配なのかを認識します。
その原因は何なのか?を考えます。一時的なこともありましょう、ほっとけば良いこともありましよう、何か思い当たることもあるかも知れません。
 次に理想の状態とはどういう状態なのかを考えます。
それぞれ、各人同一ではないでしょうが、「私にとっての理想の状態」を想定し、そのためには現在、今後どうすればいいのかを模索します。
それも各方面の知識、知恵を参考にされればいいと思います。
 大事なことは、冷静にというか主観に頼りすぎないで判断することです。
良いところは更に伸ばし、日々変化するでしょうが、現在心配なところに対してはそれなりの心配り、具体的な対策を講じる必要がありましょう。
風邪と同じで早いほうが良いです。

2010年3月26日(金)

「今年度も」
 
早いもので今年度も最後の月となりました。ウロウロしている間に12ヶ月がスーーッと過ぎていきます。

 
同じ12ヶ月でも、草木の12ヶ月は正に「一生」の時間です。


私は梅の木が好きですが、寒い寒いお正月頃、一見枯れているように見えても枝のアチコチに芽を出そうとする印があります。地下ではしっかりと根も伸びていることでしょう。


「花の咲かない寒い日は 下へ下へと根を伸ばせ やがて花咲く春が来る」そう言う言葉もあります。

 
赤い小さな芽が少しずつ少しずつおおきくなり、花を咲かす準備をしています。やがて「梅一輪 一輪ほどの暖かさ」で、一つ二つと咲き出します。

 
花を咲かすのも誰かに見て欲しいから、とか、褒めて欲しいからと言うことではなく、自分に与えられた任務、自分で出来ることを淡々としております。


無駄話をするでなく、自己主張をするでなくただ咲いている。そんな感じです。
だからこそ尚美しいと感じるのかも知れません。
 
お天気の状態にもよりますが、長ければ1ヶ月も咲いています。周りにほのかな香りを撒き、癒しを与えてくれます。

小鳥たちもやってきて蜜を吸い、序でに花粉をアチコチに交配してくれます。

 
やがて花も終わり、注目が無くなった頃、花の芯に小さな実を付けます。

 しかしながら、蕾のままで咲けなかった花の芽、咲いても実を付けられなかった花びら、実っても大きくなれなかった果実・・・

順調に芽をだし、花を咲かせ、大きな実を付ける。このようなことは所謂当たり前の状態ではなく、もしかしたら 大きな奇跡なのかも知れません。

 
自分自身の栄養が足りなかったという自分側の責任ではなく、たまたま強い風に当たった、枝を揺すられて散ってしまった、剪定されてしまった、などの理由で大きな実を付けて美味しく食べていただくという最高の任務を果たせないまま終わってしまう場合も沢山あることでしょう。

 
もしかしたら 私たちの人生もそのようなものかも知れません。

しっかりした芽を出し、キレイな花を咲かせ、栄養十分の実を付け、美味しく食べていただく、そうありたいものですが、途中でいろんな剪定に遇い、満足できる一生を送ることが出来る方は少ないのでは無いかと感じます。
 

自分で出来る努力はしっかりやって、自己満足だけでも良いから納得できる一生を終えたいものです。一年単位でも同じ事でしょう。

               

2009年8月28日(金)

「育祐会」(いくゆうかい)

 新園舎での保育が3月16日より始まりました。

卒園・入園、新年度準備等々慌ただしく過ごし、早半年です。


何とか落ち着いてきたのでしょうか。


 平成18年10月の申請から始まり、19年度・20年度の事業として認可され、設計施工の入札、仮園舎・本園舎の工事、備品の入札等々今思い出しても、それだけで疲れが出ます。


 更に、新園舎完成時には法人名も変えようとしており、その為の諸準備も進めておりました。


今年度より新しい名称にしたかったのですが、役所への申請、特に借入金等々の関係で、工事に関する事務処理が完全に終わってからの方がいいだろうと言うことになり、建物引き渡し後に名義変更の申請事務にかかりました。


 ようやく認可を頂き、次の事務として、印鑑、ゴム印の変更、司法書士事務所に依頼して登記事務、それが済めば各方面に通知となります。



 何事でも新しくする、変更するのは大変なことです。



(関係ないけど・・離婚するのも大変でしょうね。)



さて、何が変更になったのかと言いますと、保育園の法人名(会社名)です。



これまでは「社会福祉法人金剛保育園」と言う法人(会社)が「金剛保育園」という施設を運営しておりました。



これでは、たとえば今後保育園と共に老人ホームを運営しようとしたときに「社会福祉法人金剛保育園」が「金剛老人ホーム」を運営する形になります。



これでは違和感がありますので、法人名を「社会福祉法人育祐会」(いくゆうかい)と変更いたしました。(老人ホームは現実の話ではありません。例です。)  



「育つことをたすける」そんな意味合いです。

こどもが育つことをたすけるところ・・・そんなことでしょうか。




まだ登記が済んでませんので正式には9月半ばから新名称になろうかと思います。 日々の保育にはことさら変化はございません。

2009年5月1日(金)

「はたらく」


 はたらく、働く、労働すること、仕事することです。


「はたらく」とは、「はた」を「らく」にすること。


「はた」とは「まわり」、まわりの方々を楽にすること。

漢字で書くと「働く」、すなわち人(にんべん)が動くこと、「動く」とは「重い力」と書きます。人の力で重たいものを動かすことでしょうか。
 

「人が重たいものを動かすことによってまわりの方が楽になる」。そう言うことになるのでしょうか。こじつけかも知れません。


ここには、給料のために・・・自分がおいしいもの食べるために・・・と言う個人的な満足感はありません。

他人のため、社会のため、と言う感じがします。

 

スーパー行けばなんでもあります。肉、魚、野菜・・・



スーパーで揃えていただいているから自分で山や海に行かなくても手に入れることが出来ます。



スーパーの方が動くことによって私たち周りが楽が出来るのです。



電車が時間通り動いていただいているから苦労なく会社に行けます。



正に「人が動くことによってはたを楽に」しています。



更に、自分のためではなく、お客さんに喜んでいただくことを喜びとします。人間は感謝されることがなければ働く喜びもなく、仕事も長続きしないことでしょう。



そしてチョットだけお給料という「果」を得ます。



如何ですか?あなたが動くことによって周りの方は楽をしていますか?



ある方は大勢の方々を楽にしているかも知れませんし、ご自身の周りの少数だけの方が楽をしているだけかも知れません。


自分で「周りを楽にしている」と自覚が出来れば人数は関係ありません。



たった一人だけでも十分です。その方も誰かを楽にしていることでしょう。



自分のためだけではなく、周りのために・・・その気持ちが大事です。


2009年4月24日(金)

「新園舎・新年度」

金剛保育園園舎建て替え工事も何とか年度内に終わり、3月16日より新しい園舎での保育が始まりました。


3月に卒園する園児達のために・・・との見切り発車の様な感じでした。

 

さて、平成21年度が始まりました。新しい園児も加わり、新しい園舎で新しい保育が始まります。

この紙面は直接日々の保育には関係ないかも知れません。子ども用と言うより保護者用、それも褒められることより嫌みを言われるような感じで心地よくないコーナーになりましよう。心してお付き合いください。
 

早速の小言です。

 

保育園に入園するためには、申請書を準備し、区役所で面接を受けていただきましたので「必要要件」はご存じでしょう、

そしてそれらをクリアーされて、区役所より「金剛保育園に通園することを許します。」との許可をいただき通えるようになったものです。制度は徐々に改善されてはいるのですが現実はお役所からの許可が必須となります。



目出度く通園できるようになりましたので、お仕事等しっかりと頑張ってください。
 

今後は保育園とのお付き合いとなります。そうなりますと、お役所での基準、仕事の内容ですとか、家庭の事情ですとかは、無関係ではありませんが、それほど重要なことではありません。



何が一番大事なことかと言えば、保護者(特にお父さん・お母さん)の園児でもあるかわいい我が子に対してどの様に、どの様な愛情を注ぐのかと言ったことです。こどもにとって親は最初で最後、最大の拠り所です。



保育園はチョットだけお手伝いできる。そんな程度です。



全員の方に満足いただける・・・理想ですが現実は不可能です。



何かとご不満もあり、ご不便も感じられることかと思いますが、理想に向かって頑張る気持ちはあります。
 


どうぞよろしくお願いします。

2009年1月16日(金)

虎の子と言っても現金のことではありません。

あなたの大事な「かわいい我が子」の事です。

 

動物の虎は自分の子を谷底に突き落とす。ということを聞いたことがあります。

 

谷底からはい上がってきたものだけを、生命力があり、他の動物との生存競争に勝てるものとして育てていくのだそうです。まさに動物の世界はその日その日食うか食われるかの生存競争です。

 

人間の世界、企業間、会社の中でも同僚がライバルであり、どっちかがリストラされるとなれば相手を蹴落としてでも自分が残りたいとする生存競争の世界でしょう。

 

世界平和とか、みんなが仲良くできる社会とか求められますが、理想はそうかもしれませんが、現実は、絶対にと言っても良いほど不可能なことと思います。

 

さて、人間世界の虎の子はどうでしょうか。動物の虎の子のように谷底へ突き落とすなどと言う行動はする必要がありませんが、それらしきこともしようとしない昨今です。



大事・大事と真綿にくるみ、咳一つでお医者さん、頭をぶつけようものなら即脳波検査、子どもの前を歩いて石ころ、水たまりを無くし、絨毯をさえ敷いてあげる、そんな感じです。
 日本テレビの「初めてのお使い」のようなことにちょっと無理かなという時期に敢えてトライさせようとする方はどれほどいるでしょう。


その反面、将来はスポーツ選手、医者、弁護士と大きな期待をかけます。

 

何なら何まで親の敷いたレールの上をしかも前から、後ろからのエンジン付きで走るのですから自分自身は何の努力もいりません。ただ勉強・勉強。点数が良ければ全てオーケー。

 

話は極端かもしれませんが、同じような感覚のご両親は少なくありません。



子どもを大事にするなと言うのではなく、年齢相応に自身に考えさせる、自分で道を開かせる努力をするようにし向けることの方がより大事だと思うのです。

 

子ども自身の成長と共に「他」も成長しますし、「他」を意識する範囲、深さも大きくなります。当然衝突も出てきますし、大きくもなります。



そして、理屈だけでは通らない事も大いにあります。自我と自我のぶつかり合いですから、どこから大人(両親・保育園の場合は特に担任)が立ち入っていいものかのタイミングも難しいところです。


その辺は「経験」の出番で、この状態だとこうなるであろうと言う予測がたちます。その場合にはじっと見ているだけで収まるところに収まるのですが、経験が浅いと早めに介入し、大人も子どもも消化不良のままとなります。



自分の子を信じ、よその子を信じ、預けている保育園を信じていればの話ですが・・

2009年1月15日(木)

私の住まい、金剛院の石積みのヒビからごく少量の水が出ています。

爪楊枝の先ほどの量です。こんな現象は危険に繋がるのですが、修理することなく、出てくる水を有効利用させていただいております。



たったそれだけの水を溜めようとして2年前石屋さんに水漏れしないようなブロックを積んでいただきました。坂道ですので5段作りました。結構大きな水たまりが出来ました。



 そこに今年からメダカを飼いました。金魚さんから一匹30円のメダカを20匹。メダカは金魚よりも割高です。雄も雌も分かりませんで、多分どっちもいるだろうと期待して、一番上段に放しました。水草もあり、タニシも入っています。いつの間にかトンボの子、ヤゴも住み着き、小さな社会が出来ております。メダカを入れたのは5月中旬でしたが、6月になり、梅雨の前に中を掃除しようと思い、水を抜こうとして中をのぞき込みましたら何かが動いております。「ボウフラかな?」そうでもなさそうです。


よーく見ましたら、針の穴さえ通りそうな細く小さな魚の形をしたものでした。


メダカの赤ちゃんでした。じっと見れば沢山ちょろちょろしてます。


最初に入れた20匹のうち何匹がおかあさんメダカなのか、一匹がいくつの卵を産んだのか、卵の何割がふ化したのか分かりませんが、それはそれは沢山の赤ちゃんメダカでした。嬉しくなりました。何とかして成長させなければと思いましたが、経験がありませんでしたから戸惑いました。


先ず、ごく少量の流れにも勝てず、排水の穴から下の段に流されます。

水だけが流れて大事なメダカが流されないように工夫したり、親メダカに食べられないように親メダカのえさを増やしたり、(効果があるのかどうかは分かりませんが)


毎日朝晩観察です。少しずつ大きくなり白っぽい色から黒ずんできました。尻ビレの動きも力強くなり、この調子で行けば大人のメダカまで成長するかなと思えるまでになりました。やがて自分でえさをついばむまでになり、一安心いたしました。


 寺だよりにもこのことを書きましたら早速に見に来られた方もいて、メダカ愛好者も少なくないことを感じました。素人が飼っていて生まれることも珍しいことのようでうらやましがられも致しました。少々自慢です。と言っても何の世話もしてませんし、水たまりのボウフラを食べてもらいたくて飼ったものですからそう自慢も出来ませんが・・・。 来年には孫が出来るのかなとさらなる期待をしている昨今でございます。

2009年1月14日(水)

かの有名なソニーの創設者 井深大氏の語録をまとめた本を読みましたら、いいお話がありました。
  
ご存じの方も多いと思いますが、井深さんは晩年「幼児開発協会」を創り、乳幼児を育てることに力を注がれました。


「幼児開発協会」ではなく、「母親開発協会」と名づければよかった。と後日冗談混じりに言われたそうですが、早期教育の問題に取り組まれてすぐに「育児を論ずることは必然的に母親のあり方を論ずること」と気がつかれたそうです。幼児に関係している方は誰でも気がつくことです。自著の中で何度も母親の重要性を説いております。


 ある時、ソニーの女子社員が井深さんにこう訪ねたそうです。


「会長さんの本を読むと、子供を育てるときに、母親は何としてもそばにいなければいけないと書かれています。でもそれじゃ、私たちはとても生活できないし、子供は産みたいしどうすればいいのでしょうか」

 
これに対し井深会長は笑いながら、「それはしょうがないね。けれど本当に子供を愛して、出かけるときと帰ったときに、昼間いなかった分だけ抱きしめてあげなさいよ。で、ちゃんと大人に話すように、いつもあんたのことを考えているけど、ちょっと行って来るからって話すんだよ。それで8秒間抱きしめてあげれば大丈夫だから」

と答えたと言います。

 
10秒じゃ長い、5秒じゃ短い。8秒間。普通より少し長めに抱きしめてあげることが大切だ。というのです。



病院の先生から仕入れた事だそうですが、要は愛情の有無を問題にしたいのです。


働くお母さんに、多忙な事を、愛情表現の欠ける言い訳にしてほしくないと。



赤ちゃんの時から、いや胎児の時から、愛情を受けて育つかどうかがその人の一生を支配する。と言い切っております。 どうかお母さんは子供に愛情を注いでほしいと切望しております。



 もう一つ、相通じるところがあると思いますが、愛情表現の一つの方法として、昔からよく言われている、「話を聞いてあげる」事です。


このことに関しては、大分前に聞いた話を紹介しましょう。



簡単なことで、子供が言った事に「の」をつけて返してあげればいいのだそうです。



「今日保育園でお絵かきしたよ。」「そう 保育園でお絵かきしたの」「うん お花の絵を描いたんだ。」「そう お花の絵を描いたの」「上手に書けたよ」  「そう 上手に書けた」・・・

こんな風にすれば子供の方からどんどん話して来ます。